| 第27号 |
- 一色伊予守相州今泉の館
- 地名に残る「戸」と「倉(蔵)」
- 再び、もうひとつの首塚
- ジェットエンジン開発と秦野-秦野市立図書館所蔵の一冊の寄贈資料から-
- 秦野市史研究内容一覧 号数別・分類別
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A5判 |
平成20年
2007年
3月 |
品切 |
| 第26号 |
- 続もうひとつの首塚
- 旧北秦野村の植林と森林組合の製材事業
- 資料紹介 上大槻 鈴野家寄贈資料 -神職とその大先達を務めた家の記録-
- 転がる鑵子(かんす)
- 『たばこ』に関する蔵書目録
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A5判 |
平成19年
2007年
3月 |
400円 |
| 第25号 |
- 遠州と故郷の安居院庄七像
- もうひとつの首塚
- 波多野氏の京風文化-藤原俊成と順徳天皇との系譜-
- 曽屋水道創設の歴史的意義-その近代的性格について-
- 秦野まほろば考
- 秦野の古代 秦氏と波多野氏
- 市史講演会・市史歴史講座・古今写真展結果報告-(市制施行50周年記念事業)-
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A5判 |
平成18年
2006年
3月 |
400円 |
| 第24号 |
- 『秦野市史 通史5現代(2)』の執筆を終えて
- 近世南関東における村落の構造と成立過程 -相模国大住郡横野村の成立を例にして-
- 昭和40年以降の秦野の農業者たち
- 秦野の各世代の特色と意識の差 -バランスのよい社会に向けて-
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A5判 |
平成17年
2005年
3月 |
400円 |
| 第23号 |
- 秦野市における土地利用計画 -「新都市計画法」の制定・実施過程を中心に-
- 昭和40年以降の秦野市商業 -秦野における流通革命-
- 煙草専売以降の秦野の人口と工業
- 幕末期人口停滞社会下の相続戦略 -秦野市旧横野村のケース-
- 秦野の富士信仰(続)
- 村の税の負担と治山治水
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A5判 |
平成16年
2004年
3月 |
400円 |
| 第22号 |
- 秦野市民の居住意識 ―「市民意識調査」を素材として―
- 秦野たばこ耕作の発展と篤農家技術 ―秦野における「老農の精神」―
- 近世後期横野村の女性戸主 ―宗門改帳と明治戸籍の分析を中心に―
- 富士山東口より登拝した西相模の富士講社と行者たち
- 藤氏十三家波多野氏岩間家系譜について
- 丹沢スタイル考
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A5判 |
平成15年
2003年
3月 |
400円 |
| 第21号 |
- 戦後秦野市の長期計画 ―計画理念の推移を中心に―
- 秦野における地域交通の発達とその特徴 ―軽便鉄道を中心として―
- 秦野木綿の経営分析
- 1965年以降の秦野農業の動向
- 大野先生の「小田原中学生時代」と近藤先生の「ふるさと秦野と私」
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A5判 |
平成14年
2002年
3月 |
400円 |
| 第20号 |
- 人口変動にみる秦野の戦後史
- 秦野市における旧町村財政の推移とその特徴
- 秦野木綿に関する考察 ―秦野の綿織物「産地」としての地位―
- 戦前期秦野の医療・衛生事業の展開
―秦野町外五ヶ村組合診療所を中心として―
- 『秦野の別当寺制度と神仏分離』 ―土地所有関係を中心に―
- 講演記録
- 地図にみる秦野市域の農業とその他の産業
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A5判 |
平成13年
2001年
3月 |
400円 |
| 第19号 |
- 昭和40年以降の秦野市
―『秦野市史』現代篇(第二期)編纂事業に向けて―
- 戸川の領主戸田氏と現成院殿活眼長快大居士墓
- 比企一族の顕彰 ―東松山市からのメッセージ―
- 大槻東陽の研究(三)
- 秦野と日本武尊
- ふじ道をゆく(蓑毛から田原・曲松・神山・吉田島経由関本まで)
―富士講碑を訪ねて―
- 一波万波(4) 南矢名字根小屋付近の字名について
- 秦野市史編さん計画
- 秦野市史刊行物一覧
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A5判 |
平成12年
2000年
3月 |
400円 |
| 第18号 |
- 特集・波多野氏シンポジウム
- 越前の波多野氏と永平寺について
- 波多野氏傍流の広澤・和智・江田氏について
- 三河国の森下波多野氏について
- 相模河村・松田・沼田氏について
- 相模武士団の中の波多野氏について
- 市史編さん購入書籍・資料
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A5判 |
平成10年
1998年
3月 |
400円 |
| 第17号 |
- 中郡小学校長相互視察
- 秦野盆地の人脈・水脈余話 ―句市場尚古堂関山翁を繞り―
- 「大槻東陽」の研究(二)
- 秦野の富士信仰
- 渋沢下山の室川隧道と隧道式渡河構築物
- 曽屋水道に関する新聞記事紹介 ―関東大震災前―
- 一波万波(3) 秦野地方の農間余業を考える
- 市史編さん寄託資料・寄贈書籍紹介
- 市史編さん刊行物案内
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A5判 |
平成9年
1997年
3月 |
400円 |
| 第16号 |
- 実朝の御首の行方
- 相模大山寺の「取次」制度の構造 ―媒介する宗教者の取次をめぐって―
- 丹沢林政の変遷と水資源 ―水源に広葉樹の緑を―
- 「大槻東陽」の研究
- 秦野盆地の水車調査 四
- 曽屋村の社寺と修験寺玉宝院と東昌寺
- 古島先生を偲んで
- 一波万波(2)
- 震生湖と寺田寅彦の研究
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A5判 |
平成8年
1996年
3月 |
400円 |
| 第15号 |
- 秦野地方の小学校教育 ―大正から昭和初期にかけ―
- 丹沢修験の幻像を追う ―盗難の「役の行者像」と転落の孫仏岩―
- 幡が飛ぶ伝説をめぐって
- 原久胤の研究について(二)
- 秦野盆地の水車調査 三
- 市史編さん資料紹介
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A5判 |
平成7年
1995年
3月 |
400円 |
| 第14号 |
- 丹沢と植村正勝の諸州採薬記 ―献上本九巻探申居候―
- 調査報告 甲斐国岩間・西島と波多野氏
- 明治大正期の秦野地方の教育事情 ―学校行事―
- 原久胤の研究について
- 水無川沿岸町有地の開発と秦野町の発展
- 秦野盆地の水車調査 二
- 一波万波(1) 歴史の思考をかえて
- 一波万波(1) アトリ・ホシハジロの小報告
- 市史編さん室所蔵史料の紹介
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A5判 |
平成6年
1994年
3月 |
400円 |
| 第13号 |
- 『山ふところの民俗誌』補遺 ―ふたたび柳川の神々をたずねて―
- 南北朝期の波多野氏 ―主に観応の擾乱まで―
- 明治大正期の秦野地方の教育事情 ―教育会の活動―
- 幻の井明神社別当神代寺跡について
- 市史編さん係所蔵史料紹介
- 市史研究 第1号~第12号目録
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A5判 |
平成5年
1993年
3月 |
400円 |
| 第12号 |
- 波多野出雲氏考
- 秦野の伝説にみる弘法大師
- 明治大正期の秦野地方の教育事情 ―就学と教育後援会―
- 住居表示にみる地名と時代の推移からみた地名
- 秦野地方に伝わる歌の分析
- 水無川の古流路をさぐる
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A5判 |
平成4年
1992年
3月 |
400円 |
| 第11号 |
- 秦野地方のキリスト教 ―調査報告と一考察―
- 学校の聖域(3)
- 地名・呼称と起因と住居表示
- 梵天山(城山)の庚申塔
- 明治初期における秦野地方の姓についての雑感
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A5判 |
平成3年
1991年
3月 |
400円 |
| 第10号 |
- 第一回たばこ祭の裏話
- 学校の聖域(2)
- 名古木の移り変わり
- 下大槻の年中行事
- 道永墓碑文と伝説について
- 資料紹介
- 秦野地方における報徳社の設立・存在について
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A5判 |
平成2年
1990年
3月 |
400円 |
| 第9号 |
- 秦野の十日市場について
- 神仏分離
- 学校の聖域(1)
- 秦野地方農業の変遷
- 秦野市の学童集団疎開
- 史料紹介
- 小田急大秦野駅設置に関する新聞記事
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A5判 |
平成元年
1989年
3月 |
400円 |
| 第8号 |
- 秦野市堀西の近世分村について
- 伝説・雑感と道永塚
- 秦野市史の落穂ひろい ―三廻部村の戸右衛門―
- 湘南馬車鉄道について
- 秦野たばこの回顧
- 校庭の銅像 ―二宮金次郎―
- 秦野盆地の水車調査
- 栗原宣太郎小伝 ―民権家の生涯―
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A5判 |
昭和63年
1988年
3月 |
400円 |
| 第7号 |
- 弘法山騒擾と金融会社 -『共伸社申合規則』の紹介と分析―
- 幻の馬入川西八十八カ所
- 工場地帯化・ベッドタウン化のなかで農家はどう変わったか
- 秦野盆地の水害調査
- 念仏あれこれ
- 幻と消えた莨(たばこ)村という地名(旧上秦野村)
- 年末詳龍門寺旧蔵智楽房天海書状について
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A5判 |
昭和62年
1987年
3月 |
400円 |
| 第6号 |
- 中郡郡代大藤氏とその文書
- 波多野本庄北方考
- 旗本成瀬氏と落幡村
- 足柄県の行政区 ―秦野の場合―
- 相模大山信仰の成立と展開 ―民衆参詣の動向と信仰圏をめぐって―
- 秦野民俗小誌 ―東秦野を中心にして―
- 昔話の伝承
- 通史総論1 の執筆態度と着眼点
- 秦野にみられる自然の変化(一) ―植物・野鳥を通して―
- 戦後の秦野たばこと青年の役割について
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A5判 |
昭和61年
1986年
3月 |
400円 |
| 第5号 |
- 学校と財政 明治期の秦野の資料から
- 茅葺屋根とその工法について
- ワケイシュウと世間話
- 秦野だいこん雑談
- 戦後秦野を訪ねた文人たち
- 米倉一族について(下)
- 『新編相模国風土記稿』にみる曹洞宗寺院(下)
―その成立と分布を中心として―
- 秦野の婦人会
- ―新刊紹介― 神奈川地域史研究会編
- 『シンポジウム 宮久保木簡と古代の相模』
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A5判 |
昭和60年
1985年
3月 |
400円 |
| 第4号 |
- 秦野市の竹工業
- 鎌倉時代の波多野氏について ―北条氏被官化を中心に―
- 米倉一族について
- 矢倉沢街道の千村登り口 ―道しるべ不動尊について―
- 秦野地方の幕末期にみる金融と明治から現代にいたる
- 金融機関
- 秦野の苺栽培について
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A5判 |
昭和59年
1984年
3月 |
品切 |
| 第3号 |
- 統計から見た秦野市の姿(3)
- 漆部直伊波と相模国
- 『新編相模国風土記稿』にみる曹洞宗寺院(上)
―その成立と分布を中心として―
- 明治三十年頃の小学校教育 ―南秦野小を中心にして―
- 綜合工場を中心とした秦野地方の農業団体
- 伝説・草燃えるかげに
- 漂泊と定住 ―丹沢山麓の民間宗教者の活動を通じて―
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A5判 |
昭和58年
1983年
3月 |
品切 |
| 第2号 |
- 秦・秦野・波多野氏について
- 漆部直伊波と染屋時忠 ―良弁伝研究の一助として―
- 近世における秦野地方の村方紛争
- 統計から見た秦野市の姿(2)
- 秦野の年中行事(2)
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A5判 |
昭和57年
1982年
3月 |
品切 |
| 創刊号 |
- 発刊のことば
- 統計から見た秦野市の姿(1)
- 秦野地方に見る関東取締出役と寄場組合村
- 明治期の入会慣行と入会権 ―町村制施行前後の北秦野の場合―
- 秦野地方の歴史を語る地名の起因考察
- 円通寺開基試考
- 安居院庄七と報徳
- 秦野地方の年中行事
- 秦野盆地の水路調査 ―三廻部用水を中心に―
- 秦野地方に於ける麦事件
- 近世落幡村の領分・知行所
- 律令時代の秦野
- 秦野市史編さん計画
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A5判 |
昭和56年
1981年
3月 |
品切 |