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Miyanagaコレクション

問い合わせ番号:16225-1153-4950 更新日:2021年9月1日

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 「宮永岳彦記念美術館」では、宮永作品を順次、展示しています。

 より多くの皆様に、この貴重な文化芸術資源を知っていただくため、「Miyanagaコレクション」と題して、「広報はだの」とともに宮永作品の紹介をしていきます。

宮永作品の紹介
作品 解説 広報
はだの
掲載号
いん
『韻<ボッティチェルリ「ビーナス誕生」想>』
 ルネサンスの巨匠ボッティチェリの描いた、大きな帆立貝に乗る、海の泡から誕生したばかりの美と愛の女神ヴィーナスをご存知の方は多いと思います。宮永は、晩年、ヨーロッパの美術館への取材を重ねますが、その中でも、ウフィツィ美術館(フィレンツェ)のボッティチェリの大作に心酔しています。そして、巨匠への共感と称賛を込めて、古典の名画を宮永流のイメージに作り替えて、現代に甦らせようと考えました。

 初々しいヴィーナスと彼女を囲む美しい衣装を纏う2人の美女。宮永のヴィーナスでは、ギリシャ神話の物語の要素は省かれ、女性の美しさを表現することに焦点が絞られています。「私は、美しいものを美しいままに、より美しく、素直にわかりやすく表現することを旨として描き続けている。」

 激動の昭和を、グラフィックデザイナーとして華やかに活躍する一方で、時代や社会から様々な影響を受けながら、自らの画道を究めようと模索を続けてきた画家が辿りついた境地を、是非ご覧ください。
令和3年7月1日号

「浴する女」

 『浴する女』は、日本画家・小倉遊亀(おぐらゆき)(1895-2000)の『浴女』に触発されて描かれたもので、宮永の裸婦を主題とした初めての油彩画です。この作品が描かれた1949年(昭和24年)、宮永30歳、銀座松坂屋の広報宣伝部にあって、ポスターからウィンドウ・ディスプレイと幅広い制作活動に従事していました。

 小倉遊亀は、マティス(1869-1954)やピカソ(1881-1973)などのモダンアートを研究し、新しい時代の日本画を考案しました。堅実な画面構成と、大胆なデフォルメ、そして抑制のきいた色彩、小倉の芸術的特徴が表れた『浴女』は、若きグラフィックデザイナー、宮永岳彦の琴線に触れました。

 宮永の『浴する女』は、小倉の作風とは異なり、油絵具で力強く描かれ、また、裸婦に降り注ぐ光とその影の表現には晩年の宮永芸術への萌芽が見られます。宮永は、時代の先駆者から受けたインスピレーションを作品に投影しながら、自らの芸術を構築していきました。

令和3年8月1日号

ama
「海女」

 簡略化した力強い輪郭で、浜辺に集う海女たちのたくましく生命力に溢れた肉体を描き出した大作、「海女」。戦後、銀座の一角を華やかに彩り、また、都会の街と街を行き交う人々を描いていた宮永が、異質な対象に挑んだ作品です。先史時代や未開部族社会の美術の強烈な本能的造形表現が、モダンアートの巨匠たちに大いなる影響を与えていた時代、宮永もこの作品で、洗練より情熱を重んじ、より単純で素朴なものを希求しています。

 また、その描写も、単なる写実的な描写ではなく、明快な色面の構成とフォルムの省略による抽象表現を採っており、モダニズムの作品として注目されました。
 
 1950年代、「太陽が昇らぬ日はあっても宮永のポスターを見ない日はない」と言われるほどの活躍をしていた宮永。次々と日本に流入した西洋のモダニズムが、マスコミや美術界に与え続けた刺激に反応し、それを巧みに取り込みました。
令和3年9月1日号

このページに関する問い合わせ先

所属課室:文化スポーツ部 文化振興課 文化交流担当
電話番号:0463-86-6309

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