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はだの浮世絵コレクション

問い合わせ番号:16203-5933-4109 更新日:2021年9月1日

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 「はだの浮世絵ギャラリー」では、秦野市が寄贈を受けた浮世絵1,904点を順次、展示しています。

 より多くの皆様に、この浮世絵という貴重な文化芸術資源を知っていただくため、「はだの浮世絵コレクション」と題して、「広報はだの」とともに浮世絵作品紹介をしていきます。

浮世絵作品の紹介
作品 解説 広報
はだの
掲載号
当盛十花撰 牽牛花
「当盛十花撰 牽牛花」
三代歌川豊国・歌川広重

 『当盛十花撰』は、その腕前から「人物の豊国」、「風景の広重」と称された、三代歌川豊国と歌川広重が分担して描いています。

 嘉永6年(1853年)発刊の江戸の著名人や名物を位置付けした【江戸寿那古細撰記(えどすなごさいせんき)】に、「豊国にかほ(似顔絵)、国芳(武者絵)、広重めいしょ(名所絵)」と記されているように、人気絵師が贅沢なコラボレーションをしています。

 この作品は、当時の千両役者たちをブロマイドのように描いた三代豊国による人物と、花鳥画も盛んに描いた広重による牽牛花(朝顔)が大きく背景に配置され、双方の筆力が見る者を引き付け、強い印象を与えています。

 朝顔は奈良時代に薬用植物として唐から伝来し、種子を漢方薬として服用していたようです。中国では種子のことを、牛に引かせて売り歩いていたので、「牽牛子(けんごし・けごし)」と呼んでいました。朝顔の花は、「牽牛子」の花ということで、「牽牛花(けんぎゅうか)」とも呼ばれ、江戸時代には、夏の涼を呼ぶ観賞花として愛好されました。

令和3年5月15日号
江戸名所道化尽 十九 大橋の三ツ股
「江戸名所道化尽 十九 大橋の三ツ股」
歌川 広景
 江戸っ子の遊び心が満載

 歌川広重の門下とされる歌川広景の代表作「江戸名所道化尽」は、50図から成る幕末の江戸の名所絵です。広景の風景画には、おかしな格好や滑稽な描写の人物が登場し、思わずくすっと笑ってしまう面白さから、江戸っ子の遊び心が満載です。

 隅田川にかかる大橋(両国橋の元々の名前)の上から、赤い褌(ふんどし)一丁の男たちが、暑さのあまり川の中に次々と飛び込み、売り物のスイカを積んだ下の小舟に激突し、今にも転覆しそうです。スイカ売りの驚いた表情や叫び声、水しぶきの音などが画面を飛び出して聞こえてくるかのようです。
令和3年6月1日号

吾妻美人ゑらみ 松葉屋内 喜瀬川
「吾妻美人ゑらみ 松葉屋内 喜瀬川」
喜多川 歌麿

絵師、彫師、摺師の一流の技術がつまった江戸美人

  喜多川歌麿は、寛政3年(1791年)頃から、当時役者絵に使われていた「大首絵(おおくびえ)」の形式を美人画に取り入れ、大変人気となりました。
 歌麿はそれまで全身像を描いていた美人画に、画面いっぱいに上半身を描く「大首絵」を取り入れることにより、顔だけでなく姿や境遇、喜怒哀楽の心情までも描き分けました。
 燈籠鬢(とうろうびん)に大きな島田髷(しまだまげ)を結い、大きな櫛(くし)や簪(かんざし)を何本も挿しているこの女性は、江戸吉原の松葉屋の喜瀬川です。
 季節は暑い夏と思われますが、少しはだけた襟元に団扇を当てるしぐさは、いかにも涼しげです。髪の毛の生え際まで細かく表現する彫の技法を『毛割(けわり)』といいますが、歌麿の描く女性には、襟足のおくれ毛や額の生え際まで、絵師は勿論のこと、一流の彫師、摺師の技術が使われています。

令和3年7月1日号

「名所江戸百景 神田紺屋町」
歌川 広重

 「名所江戸百景」は、「東海道五拾三次之内」のシリーズでおなじみの歌川広重が、安政3年(1856年)頃から没するまで描き続けた集大成といえる作品です。「百景」としていますが、目録と弟子の作品を合わせて120図の大作となっています。

 この作品のタイトルにある紺屋(こんや・こうや)とは、藍染め職人のことでしたが、江戸時代には染物屋のことを読んでいました。神田には染物職人が集まり、愛染川で浴衣や手拭いなどの染物を洗い流し、屋根の上の干し場で乾燥させていました。

 東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムに使われている和の雰囲気に満ちた日本の伝統的な市松模様や、「魚」は版元の魚屋栄吉の「魚」や広重の名前の「ヒロ」を菱形にしたデザインなどの染物が青い空にたなびいている景色は、風情にあふれています。その間には緑に囲まれた江戸城と富士山が描かれ、江戸を代表する名所や名物、文化などがしのばれる作品です。

令和3年8月1日号

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「市川団十郎演芸百番 花川戸助六」
豊原 国周

 「市川団十郎演芸百番」は、九代目市川団十郎の百図からなる役者絵です。

 この作品は、江戸歌舞伎の代表である市川団十郎家に継承された「歌舞伎十八番」の「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の主人公である花川戸助六を、「明治の写楽」と称された豊原国周が画面いっぱいに上半身を描いています。

 江戸一番の伊達男・助六が、遊女に煙管(きせる)を次から次へと手渡され、両手に持ちきれないほどになっている場面で、「煙管の雨が降るようだ」というセリフが有名です。頭には紫の鉢巻きをきりりと締め、黒色の衣装に襟、袖などからのぞく鮮やかな赤色が映え、江戸っ子好みの粋な装いをしています。

 秦野は、江戸時代から葉タバコの産地として知られ、タバコ耕作者を慰労する祭として始まった「秦野たばこ祭」は、市最大の観光祭として開催されてきました。コロナウイルスの影響により二年続けて中止となってしまいましたが、「たばこの文化」は、浮世絵の役者絵、美人画、風景画の中にも見ることができます。

 

 

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所属課室:文化スポーツ部 文化振興課 文化交流担当
電話番号:0463-86-6309

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