大根地区
前田夕暮生誕の地
 前田夕暮は1883年<明治16>7月27日に南矢名村で生まれた。本名は洋造という。当時、このあたりは農村地帯で、家も農業を営んでいた。尋常高等大根小学校を卒業した後、中郡共立中学校<秦野高校の前身>に入学したが、途中で退学した。1904年<明治37>21歳で上京し、尾上柴舟(さいしゅう)の門下に入り、2年後には白日社(はくじつしゃ)を設立した。また、1910年<明治43>には、「収穫」を発表し、若山牧水とともに自然主義の新しい作風で近代短歌に1ページをかざった。翌年、雑誌「詩歌(しいか)」を創刊し、以後10余年、口語発想自由律短歌に専念したが、その後、定型詩にもどった。1951年<明治26>4月20日、東京都杉並区荻窪の自宅で69歳の生涯を閉じた。