西地区
 谷鼎は1896年<明治29>9月に誕生し、千村で育った。1903年<明治36>に西秦野村立尋常高等渋沢小学校に入学し、神奈川師範学校・京都帝国大学文学部を卒業後、東京で中学校の教諭となった。鼎は教師生活を続けながら、「評解(ひょうかい)新古今集選」など次々と国文学研究書を刊行し、自らも「伏流」「青あらし」などの歌集を出した。渋沢小・西小学校には歌碑があり、西中学校校歌は鼎が1948年<昭和23>に作詞した。1960年<昭和35>に63歳でこの世を去った。
谷 鼎(たに かなえ)