東地区
田原(たわら)学校跡
 金剛寺本堂正面の植え込みの中に「田原学校跡」の石柱が建っている。金剛寺には、1873年<明治6>6月から東田原村第149番小学校田原学校が開校した。東田原、西田原、羽根、蓑毛、小蓑毛、寺山村の6ヶ村を学区として、男子129名、女子29名が通学していた。1892年<明治25>には、金剛寺近くに校舎を新築し、「村立田原小学校」と改めた。この田原小学校は、寺山久保の東雲(とううん)小学校、名古木開戸の開進小学校とともに、1922年<大正11>に校名が統一され尋常高等東秦野小学校となった。新校舎は、1924年<大正13>11月に現在の東小学校の地に完成した。