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市史研究

問い合わせ番号:10010-0000-2206 更新日:2016年2月4日

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昭和56年よりほぼ毎年刊行している雑誌です。

調査研究発表の場として、個人の論文、調査報告、史料紹介などを掲載しています。

注:第27号をもって休止しました。

市史研究

平成29年4月1日からの販売価格

内容 サイズ 発行 販売価格

第27号

一色伊予守相州今泉の館
地名に残る「戸」と「倉(蔵)」
再び、もうひとつの首塚
ジェットエンジン開発と秦野-秦野市立図書館所蔵の一冊の寄贈資料から-
秦野市史研究内容一覧 号数別・分類別 

A5判

平成20年
2007年
3月

品切

第26号

続もうひとつの首塚
旧北秦野村の植林と森林組合の製材事業
資料紹介 上大槻 鈴野家寄贈資料 -神職とその大先達を務めた家の記録-
転がる鑵子(かんす)
『たばこ』に関する蔵書目録

A5判

平成19年
2007年
3月

400円

第25号

遠州と故郷の安居院庄七像
もうひとつの首塚
波多野氏の京風文化-藤原俊成と順徳天皇との系譜-
曽屋水道創設の歴史的意義-その近代的性格について-
秦野まほろば考
秦野の古代 秦氏と波多野氏
市史講演会・市史歴史講座・古今写真展結果報告-(市制施行50周年記念事業)-

A5判

平成18年
2006年
3月

400円

第24号

『秦野市史 通史5現代(2)』の執筆を終えて
近世南関東における村落の構造と成立過程 -相模国大住郡横野村の成立を例にして-
昭和40年以降の秦野の農業者たち
秦野の各世代の特色と意識の差 -バランスのよい社会に向けて-

A5判

平成17年
2005年
3月

400円

第23号

秦野市における土地利用計画 -「新都市計画法」の制定・実施過程を中心に-
昭和40年以降の秦野市商業 -秦野における流通革命-
煙草専売以降の秦野の人口と工業
幕末期人口停滞社会下の相続戦略 -秦野市旧横野村のケース-
秦野の富士信仰(続)
村の税の負担と治山治水

A5判

平成16年
2004年
3月

400円

第22号

秦野市民の居住意識 ―「市民意識調査」を素材として―
秦野たばこ耕作の発展と篤農家技術 ―秦野における「老農の精神」―
近世後期横野村の女性戸主 ―宗門改帳と明治戸籍の分析を中心に―
富士山東口より登拝した西相模の富士講社と行者たち
藤氏十三家波多野氏岩間家系譜について
丹沢スタイル考

A5判

平成15年
2003年
3月

400円

第21号

戦後秦野市の長期計画 ―計画理念の推移を中心に―
秦野における地域交通の発達とその特徴 ―軽便鉄道を中心として―
秦野木綿の経営分析
1965年以降の秦野農業の動向
大野先生の「小田原中学生時代」と
近藤先生の「ふるさと秦野と私」

A5判

平成14年
2002年
3月

400円

第20号 

人口変動にみる秦野の戦後史
秦野市における旧町村財政の推移とその特徴
秦野木綿に関する考察 ―秦野の綿織物「産地」としての地位―
戦前期秦野の医療・衛生事業の展開
 ―秦野町外五ヶ村組合診療所を中心として―
『秦野の別当寺制度と神仏分離』 ―土地所有関係を中心に―
講演記録
地図にみる秦野市域の農業とその他の産業

A5判

平成13年
2001年
3月

400円

第19号

昭和40年以降の秦野市
 ―『秦野市史』現代篇(第二期)編纂事業に向けて―
戸川の領主戸田氏と現成院殿活眼長快大居士墓
比企一族の顕彰 ―東松山市からのメッセージ―
大槻東陽の研究(三)
秦野と日本武尊
ふじ道をゆく(蓑毛から田原・曲松・神山・吉田島経由関本まで)
 ―富士講碑を訪ねて―
一波万波(4) 南矢名字根小屋付近の字名について
秦野市史編さん計画
秦野市史刊行物一覧

A5判

平成12年
2000年
3月

400円

第18号

特集・波多野氏シンポジウム
 越前の波多野氏と永平寺について
 波多野氏傍流の広澤・和智・江田氏について
 三河国の森下波多野氏について
 相模河村・松田・沼田氏について
 相模武士団の中の波多野氏について
市史編さん購入書籍・資料

A5判

平成10年
1998年
3月

400円

第17号

中郡小学校長相互視察
秦野盆地の人脈・水脈余話 ―句市場尚古堂関山翁を繞り―
「大槻東陽」の研究(二)
秦野の富士信仰
渋沢下山の室川隧道と隧道式渡河構築物
曽屋水道に関する新聞記事紹介 ―関東大震災前―
一波万波(3) 秦野地方の農間余業を考える
市史編さん寄託資料・寄贈書籍紹介
市史編さん刊行物案内

A5判

平成9年
1997年
3月

400円

第16号

実朝の御首の行方
相模大山寺の「取次」制度の構造 ―媒介する宗教者の取次をめぐって―
丹沢林政の変遷と水資源 ―水源に広葉樹の緑を―
「大槻東陽」の研究
秦野盆地の水車調査 四
曽屋村の社寺と修験寺玉宝院と東昌寺
古島先生を偲んで
一波万波(2)
震生湖と寺田寅彦の研究

A5判

平成8年
1996年
3月

400円

第15号

秦野地方の小学校教育 ―大正から昭和初期にかけ―
丹沢修験の幻像を追う ―盗難の「役の行者像」と転落の孫仏岩―
幡が飛ぶ伝説をめぐって
原久胤の研究について(二)
秦野盆地の水車調査 三
市史編さん資料紹介

A5判

平成7年
1995年
3月

400円

第14号

丹沢と植村正勝の諸州採薬記 ―献上本九巻探申居候―
調査報告 甲斐国岩間・西島と波多野氏
明治大正期の秦野地方の教育事情 ―学校行事―
原久胤の研究について
水無川沿岸町有地の開発と秦野町の発展
秦野盆地の水車調査 二
一波万波(1) 歴史の思考をかえて
一波万波(1) アトリ・ホシハジロの小報告
市史編さん室所蔵史料の紹介

A5判

平成6年
1994年
3月

400円

第13号

『山ふところの民俗誌』補遺 ―ふたたび柳川の神々をたずねて―
南北朝期の波多野氏 ―主に観応の擾乱まで―
明治大正期の秦野地方の教育事情 ―教育会の活動―
幻の井明神社別当神代寺跡について
市史編さん係所蔵史料紹介
市史研究 第1号~第12号目録

A5判

平成5年
1993年
3月

400円

第12号

波多野出雲氏考
秦野の伝説にみる弘法大師
明治大正期の秦野地方の教育事情 ―就学と教育後援会―
住居表示にみる地名と時代の推移からみた地名
秦野地方に伝わる歌の分析
水無川の古流路をさぐる

A5判

平成4年
1992年
3月

400円

第11号

秦野地方のキリスト教 ―調査報告と一考察―
学校の聖域(3)
地名・呼称と起因と住居表示
梵天山(城山)の庚申塔
明治初期における秦野地方の姓についての雑感

A5判

平成3年
1991年
3月

400円

第10号 

第一回たばこ祭の裏話
学校の聖域(2)
名古木の移り変わり
下大槻の年中行事
道永墓碑文と伝説について
資料紹介
秦野地方における報徳社の設立・存在について

A5判

平成2年
1990年
3月

400円

第9号

秦野の十日市場について
神仏分離
学校の聖域(1)
秦野地方農業の変遷
秦野市の学童集団疎開
史料紹介
小田急大秦野駅設置に関する新聞記事

A5判

平成元年
1989年
3月

400円

第8号

秦野市堀西の近世分村について
伝説・雑感と道永塚
秦野市史の落穂ひろい ―三廻部村の戸右衛門―
湘南馬車鉄道について
秦野たばこの回顧
校庭の銅像 ―二宮金次郎―
秦野盆地の水車調査
栗原宣太郎小伝 ―民権家の生涯―

A5判

昭和63年
1988年
3月

400円

第7号

弘法山騒擾と金融会社 -『共伸社申合規則』の紹介と分析―
幻の馬入川西八十八カ所
工場地帯化・ベッドタウン化のなかで農家はどう変わったか
秦野盆地の水害調査
念仏あれこれ
幻と消えた莨(たばこ)村という地名(旧上秦野村)
年末詳龍門寺旧蔵智楽房天海書状について

A5判

昭和62年
1987年
3月

400円

第6号

中郡郡代大藤氏とその文書
波多野本庄北方考
旗本成瀬氏と落幡村
足柄県の行政区 ―秦野の場合―
相模大山信仰の成立と展開 ―民衆参詣の動向と信仰圏をめぐって―
秦野民俗小誌 ―東秦野を中心にして―
昔話の伝承
通史総論1 の執筆態度と着眼点
秦野にみられる自然の変化(一) ―植物・野鳥を通して―
戦後の秦野たばこと青年の役割について

A5判

昭和61年
1986年
3月

400円

第5号 

学校と財政 明治期の秦野の資料から
茅葺屋根とその工法について
ワケイシュウと世間話
秦野だいこん雑談
戦後秦野を訪ねた文人たち
米倉一族について(下)
『新編相模国風土記稿』にみる曹洞宗寺院(下)
 ―その成立と分布を中心として―
秦野の婦人会
―新刊紹介― 神奈川地域史研究会編
 『シンポジウム 宮久保木簡と古代の相模』

A5判

昭和60年
1985年
3月

400円

第4号

秦野市の竹工業
鎌倉時代の波多野氏について ―北条氏被官化を中心に―
米倉一族について
矢倉沢街道の千村登り口 ―道しるべ不動尊について―
秦野地方の幕末期にみる金融と明治から現代にいたる
金融機関
秦野の苺栽培について

A5判

昭和59年
1984年
3月

品切

第3号

統計から見た秦野市の姿(3)
漆部直伊波と相模国
『新編相模国風土記稿』にみる曹洞宗寺院(上)
 ―その成立と分布を中心として―
明治三十年頃の小学校教育 ―南秦野小を中心にして―
綜合工場を中心とした秦野地方の農業団体
伝説・草燃えるかげに
漂泊と定住 ―丹沢山麓の民間宗教者の活動を通じて―

A5判

昭和58年
1983年
3月

品切

第2号

秦・秦野・波多野氏について
漆部直伊波と染屋時忠 ―良弁伝研究の一助として―
近世における秦野地方の村方紛争
統計から見た秦野市の姿(2)
秦野の年中行事(2)

A5判

昭和57年
1982年
3月

品切

創刊号

発刊のことば
統計から見た秦野市の姿(1)
秦野地方に見る関東取締出役と寄場組合村
明治期の入会慣行と入会権 ―町村制施行前後の北秦野の場合―
秦野地方の歴史を語る地名の起因考察
円通寺開基試考
安居院庄七と報徳
秦野地方の年中行事
秦野盆地の水路調査 ―三廻部用水を中心に―
秦野地方に於ける麦事件
近世落幡村の領分・知行所
律令時代の秦野
秦野市史編さん計画

A5判

昭和56年
1981年
3月

品切

このページに関する問い合わせ先

所属課室:文化スポーツ部 生涯学習課 文化財・市史担当
電話番号:0463-87-9581

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