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歴史

問い合わせ番号:10010-0000-1160 更新日:2016年5月15日

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桜土手古墳公園

秦野地方の古代人の生活を知ることができる公園

復原古墳 古墳展示館

桜土手古墳群は、秦野市の中央部を流れる水無川の中流域に位置し、35基の古墳が確認されています。この古墳群は、7世紀後半に造られたもので、すべてが円墳で構成され、古墳群としては県内でも最大規模と言われています。桜土手古墳公園には、保存古墳6基と復原古墳1基があり、また、多くの出土品や模型、写真などが見学できる展示館もあります。

写真番号1復原古墳

写真番号2古墳展示館

源実朝公御首塚

鎌倉幕府第三代征夷大将軍源実朝の首塚

首塚の写真

源実朝の御首は公暁を討ちとった三浦氏の家来、武常晴らによって持ちこまれ、当時この地を政めていた波多野忠綱に供養を願い出て、手厚く葬られたと伝えられています。

大日堂

市内でも由緒ある文化財

大日堂

本堂には、県の重要文化財に指定され、全長3mに及ぶ「大日如来」があり、この像の両脇には、四体の如来像もあるため、併せて「五智如来」という別称でも呼ばれています。

延命地蔵

全長が約3.7メートルの石仏

延命地蔵

江戸のある商人が米寿の記念に、先祖供養のために建てたと伝えられえています。石仏はとても穏やかな表情で、長寿祈願や安産祈願として信仰されています。

白笹稲荷

関東三大稲荷のひとつ

白笹稲荷

きつねは昔、春の耕作のはじめに、山を下って「田神」として迎えられる食物神の神使と言われたため、毎年2月の初午には、五穀豊穣を祈ってのお祭りが、盛大に行われます。

上宿観音

相模新四国三十一番目の霊場

上宿観音

本堂には千手観音像が安置されています。8月9日の縁日は「四万八千日」と呼ばれ、この日に参拝すると四万八千日分の御利益があるといわれ多くの人が訪れます。

秦野とたばこ

たばこ畑で作業する様子

 秦野は古くから煙草の名産地であり、煙草耕作で栄え、発展してきた歴史があります。秦野における煙草耕作の起源には諸説ありますが、江戸時代初期にまでさかのぼることができる言われています。宝永4年(1707年)の富士山噴火により、秦野の耕地に火山灰が降り積もり、やせ細った土地に一変してしまいました。こういった土地でも、葉たばこの栽培は可能であったことから、盛んに煙草耕作が行われるようになったとされています。
 江戸時代後期には、秦野葉の名で広く知られるようになり、後に薩摩(鹿児島県)、水府(茨城県)とともに「三大銘葉」の一つに挙げられるようになりました。幕末から明治にかけて民間喫煙習慣の拡大や技術改良により、秦野の煙草耕作は大きく発展し、大正から昭和にかけて全盛期を迎えました。
 しかし 、煙草耕作は大変な労力がかかり、高度経済成長以降、第一次産業に従事する人口が減少してくると生産が低調になっていきました。秦野葉は、刻み葉(キセル用)であったため、嗜好品の変化から消費量も減少し、昭和49年を最後に秦野から姿を消しました。その後は、紙巻き煙草用の米葉と呼ばれる黄色種が生産されたものの、かつてのような隆盛はなく、昭和59年に黄色種の生産も廃止され、秦野の煙草耕作は終焉を迎えました。

このページに関する問い合わせ先

所属課室:環境産業部 観光課 観光振興担当
電話番号:0463-82-9648

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